2012年8月25日土曜日

「不朽の自由」作戦の目的(2)

では、アメリカはなぜ、ウサマ・ビンラディン氏とタリバンを同一視し、双方の殲滅を目指しているのだろうか。アメリカがアフガニスタンを欲しがる話の前に、中東最大の石油供給国サウジアラビアの現況について解説しておかなければならない。サウジアラビアは、表面的にはアメリカの友好国である。「表面的に」というのは、アメリカを友人と考えているのはサウジアラビア政府だけであって、民衆はそれを支持していないという意味だ。欧米資本主義諸国は植民地支配の方法論を、こうした途上国に適用することを忘れてはいない。つまり、民衆の支持が得られにくい国では王制を強く支援して、その王族を抱き込んでゆくわけだ。

 サウジアラビアの王制は、その国民をカネで手なずけることで維持されてきた。石油の富によって、市民は課税されず、医療も教育も無料である。イラクと違って、サウジ市民には国家への忠誠はなく、苦境を耐え忍ぶことも知らない。市民は、豊かさを与えるがゆえに彼らの政府を支持してきただけである。石油価格が低下しはじめる80年代までは、このやり方に問題はなかった。だが、80年代初頭は1万7千ドルだったサウジアラビアの1人あたりGDPも、今では7千ドルへと低下している。政府はいまも財政赤字を無視して、国民へのサービスを続けることで、なんとか支持をとりつけようとしている。だが、石油による収益が今後改善する見通しはなく、経済の破綻は目前に迫っている。それはすなわち、王制の破滅を意味している。

 一方、サウジアラビアの宗教界は、延命に躍起になっている王族に極めて冷淡である。政府が欧米の「不信心な軍隊」を湾岸戦争のとき招き入れて以来、宗教指導者たちは、王族を含む現政権を疑問視している。もちろん、政府への宗教的疑問の裾野が広まれば、それだけ宗教的過激派の勢力がましてゆくものだ。現在、サウジアラビアでは高校・大学卒業者の失業率が25%に達しているが、そうした就職のあてのない都市部の若者たちを中心に、過激派の活動は活発になりつつある。

 不満層は他にもある。アフガニスタンでソ連軍を相手に義勇兵として闘った経験をもつ約800の人々だ。彼らの宗教的信念が、現政権の宗教的不純を見逃すはずがない。サウジアラビア政府がオサマ・ビンラディン氏を見捨て、アフガニスタンを叩くアメリカと協調するならば、軍事訓練を施され、殉教を怖れぬ彼らの反乱は、現王制を大きく揺るがすことになりかねない。

 サウジアラビアの内乱が近いと、ホワイトハウスは踏んでいるのではないかと僕は思う。内乱の導火線は露出しており、その周辺で多様な火花が散っている。そしてもし内乱に突入すれば、紛争は石油の管理権をめぐる戦いへと進展し、油田地帯もしくは精製施設そのものが戦場となる可能性が高い。そして、この世界最大の産油国の危機は、世界的な恐慌の引き金となりかねない。

 だからこそ、アメリカは中東の石油戦略を大きく改める必要があるのだ。
 
 サウジアラビア内乱の衝撃を緩和するには、欧米諸国のサウジ・オイルへの依存を軽減させる必要がある。とすれば、どこが新たなサプライヤーとして浮上してくるだろうか。アメリカの覇権に反抗的でなく、新たな開発の余地のある国々。それには非常に都合のよい国々がある。すなわち、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンという4つのカスピ海周辺諸国である。1991年のソ連邦崩壊によって誕生した4つの新生諸国には、推定で2千億バレルの石油が眠っているとされ、その量は、世界最大とされるサウジアラビアの埋蔵量に匹敵する。また、トルクメニスタンに存在する天然ガスの埋蔵量も相当なものだ。102兆立方フィート、これはロシアとイランに次ぐ、世界最大級のガス資源である。これらの油田・ガス田開発のために欧米石油メジャーが乗り出しているが、技術的には今からでも掘り出せる状態にあるという。問題は別のところにある。それは、採取した原油と天然ガスを、どのようなルートで運搬するかということだ。

 現在出てきている案は4つある。中央アジアから中国に至るパイプラインを建設する計画と、ロシアやトルコなど西方へ通じるパイプラインを建設する計画、そしてイランを通して湾岸に南下させる計画。しかし、これらの計画では、中国、ロシア、イランといずれもアメリカに友好的とは言いがたい国々を経由させねばならず、石油をめぐる不安は解消されがたいだろう。そこで石油メジャーが注目しているのが、トルクメニスタンからアフガニスタン経由でパキスタンにパイプラインを通すというプロジェクトである。これが実現すれば中央アジアの原油、天然ガスを中東を通すことなく入手可能となる。また、このルートだと、輸送距離も大幅に短縮され、プロジェクトそのもののコストも抑えられることになる。供給先の東アジアにも近くなる。

 加えて、この石油をめぐる資源開発は、石油建設大手にとっても、流涎のプロジェクトとなる。実際、このプロジェクトには500億ドルから700億ドルの海外投資が必要だと考えられている。中東の尊大な王族に頭を下げながら契約を更新するよりは、中央アジアのアパラチキ(元共産官僚)を小銭で丸め込んで新たな開発をする方が、アメリカ経済にとっては安定が見込めるし、なにより夢がある。

 ただ、この計画を実現するためには、厄介な連中がいる。それは、言うまでもなく反米的なタリバンだ。彼らが、パイプライン構想のど真ん中でイスラーム原理主義の理想に燃えている限り、構想は頓挫したままである。彼らはまさに石油開発の「ならず者」なのである。

 キューバ・イラン・リビア・イラク、そして今回のアフガニスタンと、アメリカは定期的に「ならず者国家」を指名している。アメリカは唯一の超大国という立場を利用して、自らの利益をグローバルな問題への対応としてすり替え、他国の協調を引き出そうとしている。

 もうそろそろ気が付いた方がいい。アメリカの言っていることはほとんど当てにならないし、矛盾だらけだ。

 アメリカにおける日本論者たちは、アメリカが提供している安全保障に日本がタダ乗りしていると批判する。そして、アジアの民主主義を防衛する責任とコストをもっと日本は負担すべきだと要求する。しかし一方で、日本がアジアでの独自外交を進めようとすれば、彼らは必ず横ヤリを入れてくる。日本がアメリカに対する依存体質、従属的な体制を清算しようとすることを決して許そうとはしない。頑なに沖縄の米軍基地を撤退させようとしないことは、そのひとつの証左でもある。

 アメリカは自らのリーダーシップに依存する日本を嘆きながら、一方ではこうした関係の継続を主張しているわけだ。今回のアフガニスタン報復にしてもそうである。 日本が「主体的に」この戦争に参加することを期待しながらも、決して「参加しない」という選択肢を許そうとはしていない。

 僕たち日本人は、平和をひたすらに祈ったり、自衛隊派遣を憲法違反だと騒いだりするまえに、こうしたアメリカの一貫性のなさを批判することから始めるべきではないだろうか。

「国際保健通信」より転載http://square.umin.ac.jp/ihf/news/2001/0928.htm

槇原賢二

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