2012年8月31日金曜日

マネー経済拡大の原因 グローバリゼーション

マネー経済拡大の原因を考えていくうちに、どう考えてもアメリカが疑わしく思えてきました。これはアメリカの支配戦略の一環に違いないと言うことです。以下のように戦略的にマネー経済化の誘導を果たしたのではないでしょうか?

2012年8月30日木曜日

環境問題への関わり方

環境問題はどの視点から見るかが大切なことだと思います。
本来はどの視点とかの問題ではないかとも思いますが・・・

今、日本には車が溢れかえっています。
車があることによる環境負荷は非常に大きいと思います。
車自体の燃料、排ガスはもちろん、車があるために道路が舗装され、
新しく作られる。
そして、毎年何万もの人が交通事故で亡くなっています。

しかし、車自体をなくそうという声は上がってきません。
そして各企業は「環境にやさしい車」とこぞって宣伝しています。

この根底にあるのは「経済」です。
つまり「環境」を考える時に避けて通れないのが「経済」だと思います。

原子力発電の問題も色々とあります。
以前、私も放射性破棄物や災害・事故などに放射能汚染、そのものに
不安を抱いていました。

2012年8月29日水曜日

アメリカの消費体質(2)

そして同時にこの移民、大衆が経済の主体となる。ここで現代の「消費者」という概念が成立した。「消費者」という概念は「個人」という個性をもった独特の存在ではなく、いわんや国家や文化の印を背中に背負った社会の役者でもなく、ただ「モノを買う」存在なのである。「ただモノを買う存在」に決定的な重要性を与えたところからアメリカの「現代」がはじまる。
モノは通常、ある国の人々の生活様式や文化、歴史と不可分のはずはないのである。しかるに、アメリカはモノを特定の文化や歴史から切り離した、というよりも歴史や伝統を全くもたないアメリカ人にとって、モノは歴史を引きずるものではない。モノはただ「消費者」という一般的カテゴリーに向けれたものなのだ。歴史や文化から切り離されて初めて「消費者」という普遍カテゴリーが成立する。
例えば日本とアメリカでは商品に対する感覚が違うにもかかわらず、経済活動を評価する尺度として「消費者」の概念は日本もアメリカも同じなのである。つまり、アメリカ的価値観、制度、様式がこの「モノのデモクラシー」という「普遍性」と結びついている。
そしてアメリカがこのような理念の普遍性を唱えることによって、母国文化の個別性を払拭した。

2012年8月28日火曜日

世論調査のトリック

「対テロ戦争」は早くも泥沼化の様相を呈し始めていますが、初期段階で、アメリカの空爆を支持するかどうかの世論調査アンケートが行われたとき、朝日新聞は支持率40パーセント台、読売新聞は80パーセント台とかけ離れた数字が発表されました。こうなると、サンプルが本当に無作為に選ばれたのか、データの改ざんはないのか、と疑いたくなります。まあ、それはないだろうと好意的に見たとして、この差はどこからくるのでしょう。

 朝日では、「アメリカが‘報復’を始めましたが、‘このような’行動を支持しますか」という言いかたをしているのに対し、読売は「テロに対するアメリカの軍事行動は‘やむをえない’と思いますか」というニュアンスだったと思います。答えはここにあります。つまり、アンケートの文面に作為的な誘導が見られるのです。ごく普通の人の感覚では、「やみくもな報復は、罪なき民間人の犠牲を伴い、報復の連鎖を生むだけだから反対、しかしテロを放置してよいはずがなく、テロを封鎖・壊滅させるための軍事力なら行使もやむなし」というように条件によって答えは変わるでしょう。その「条件」の部分をチラチラとちらつかせることによって、うまく誘導しているのです。

2012年8月27日月曜日

アメリカの精神分析 2(近代~)

◆◆◆アメリカを支配する「タブー」

 このヨーロッパ人の対外拡大の流れが先鋭化した結果、誕生した国家がアメリカです。
 スペイン人など最初にアメリカ大陸に植民したヨーロッパ人達は、まず、先住民族を根絶やしにかかります。文字通りの殺戮と領土の略奪の結果、数千万人から1億人もの先住民族が、10分の1にまで減ったと言われます。南米に残る無数の遺跡は、自然が風化させたのではなく、ヨーロッパ人の破壊の結果、残されたものです。

 この破壊は、アメリカという国家が存立した後々も続いていきます。一つは、ネイティブ・アメリカンへの迫害であり、一つは、アフリカ大陸を中心とした奴隷狩りです。

 アメリカの広い国土はすべて他民族のものを暴力と謀略で奪い取ったものです。 
 そして、繁栄は、膨大な奴隷を極限まで酷使することによって獲得した基盤の上に築かれました。奇妙なまでに、この歴史はかつてのローマの繁栄の構造に相似です。

 アメリカが、他国に対して執拗に「民主主義」や「自由」を主張する、心理的背景には、この自らの犯した体験に対する強迫的な「タブー」、「後ろ暗さ」、周囲からの「白眼視」が存在します。

 そのため、アメリカは、実情とはかけ離れた強引な民主化、自由化を、たとえそれが他者の迷惑であっても、強制しなければならない精神構造にあります。民衆が支持しない、忘れ去られた王族や、反動勢力を援助し、形だけの民主制、傀儡政権を樹立するのは、アメリカの常道です。
 アメリカ人の国家的歴史性には、民主主義の美しい理想とは、あまりにかけ離れた抑圧と支配、自由とはほど遠い搾取の構造が刻まれているのです。

阪本剛

2012年8月26日日曜日

アメリカの精神分析 1(古代~近世)

今回の同時多発テロに限らず、アメリカは「自由を守る戦い」「民主主義のための戦い」という言い方をよくします。実態としては、アメリカ一国に対する問題であっても、反米の構図よりも、まず「(近代的自由に基づく)善」と「(反近代的な)悪」という構図を作り、アメリカは「善」の守護者であるという言い方をします。

 では、自らの立場が絶対的な正義であり、自らに対立する存在が悪であり、あらゆる行動を正当化する論理の起源はどこから生まれてのでしょうか?
 また、なぜ「自由」や「民主主義」の題目を唱え続けなければならないのでしょうか?

2012年8月25日土曜日

「不朽の自由」作戦の目的(2)

では、アメリカはなぜ、ウサマ・ビンラディン氏とタリバンを同一視し、双方の殲滅を目指しているのだろうか。アメリカがアフガニスタンを欲しがる話の前に、中東最大の石油供給国サウジアラビアの現況について解説しておかなければならない。サウジアラビアは、表面的にはアメリカの友好国である。「表面的に」というのは、アメリカを友人と考えているのはサウジアラビア政府だけであって、民衆はそれを支持していないという意味だ。欧米資本主義諸国は植民地支配の方法論を、こうした途上国に適用することを忘れてはいない。つまり、民衆の支持が得られにくい国では王制を強く支援して、その王族を抱き込んでゆくわけだ。

 サウジアラビアの王制は、その国民をカネで手なずけることで維持されてきた。石油の富によって、市民は課税されず、医療も教育も無料である。イラクと違って、サウジ市民には国家への忠誠はなく、苦境を耐え忍ぶことも知らない。市民は、豊かさを与えるがゆえに彼らの政府を支持してきただけである。石油価格が低下しはじめる80年代までは、このやり方に問題はなかった。だが、80年代初頭は1万7千ドルだったサウジアラビアの1人あたりGDPも、今では7千ドルへと低下している。政府はいまも財政赤字を無視して、国民へのサービスを続けることで、なんとか支持をとりつけようとしている。だが、石油による収益が今後改善する見通しはなく、経済の破綻は目前に迫っている。それはすなわち、王制の破滅を意味している。